結婚11周年!今までを感謝しながら、大好きなおつまみをチビチビとワインを飲む記念日

結婚11周年!今までを感謝しながら、大好きなおつまみをチビチビとワインを飲む記念日

2018年7月7日、結婚記念日(入籍記念日)を迎えた みかん(@tangerine_buddy)です。な、なんと、結婚して、もう11年も経っているんですよね。上のムスメが産まれてからは、わたしの体調不良(精神疾患)で会社を休んだり変えたりしていたので、家族にはホントに心配をお掛けしました…。今でも心配かけているけど。まずは、体調を維持して毎日働いてお給料をもらうことが最大のミッションです。健康と経済基盤の安定は、生活の土台ですから。庶民の結婚生活をご参考までに。

結婚初期のころは結構オラオラぶってた

今思い出すと、恥ずかしいですねー。結婚当初の頃はまだ若くて、結構バリバリ働いて成果も出していて、でも、その逆に世界は狭くて。自分の考えることが正しいような感覚に陥って妻にいろいろと指摘したりしていましたね…。ほんと恥ずかしい。赤の他人同士の結婚は、環境も考えも違う人同士なんだから、お互いが異なることがいっぱいあるなんて当たり前のことなんですよね。それに気づくのは数年後かなぁ。お互いの違いを認めて受け入れて、それぞれを尊重して世界を広げていくことが大切なのにね。若かった自分、ほんと反省しろって思います。

でも良いこともたくさんありましたよ。よく国内旅行に行ったし、長期休暇では海外にも行ったし。台湾(台北)、ベトナム(ホイアン、ダナン、フエ)、チェコ(プラハ)、オーストリア(ウィーン)、ギリシャ(ローマ、ピレウス、イドラ島)など。特に、長年の夢だったプラハの街並みとブルタバ川、ピルスナーウルケルのビールは忘れられない。妻の業種では超有名で祖師的なフロイトの生家と博物館に行ったのも良い思い出。

国内では神戸、有馬温泉、八重山諸島(波照間島、西表島、慶良間諸島、久高島など)、郡上八幡、黒部ダム、青森と函館、草津温泉、下賀茂温泉などなど。美味しいものもいっぱい食べた、飲んだ。いっぱい行ったので、もう忘れてるところもありそうな。

妊娠と上のムスメが産まれて生活激変!

そんな共働き夫婦のプチバブル時代の終焉は、妻の妊娠ですよねー。わたしなんて、絶対に種無しだと思ってたのに、すぐに妊娠して嬉しかったし驚いた。妻は専門職で非正規雇用の仕事を複数掛け持ちだったので、産休や育休制度、補助制度がほとんど無くて。生活は一気に緊縮財政モード(笑)妻も毎日つわりが大変そうだったし、わたしも妻が静養しているのに一人で遊び歩く気にもならなかったので、ここから質素な生活が当たり前になりましたねー。お昼寝ラブ。

大きなお腹を中からポコポコと蹴飛ばす赤ちゃん。ずっと声かけてたなぁ。

このころは金融機関に勤めていて、金融の勉強をめっちゃしてましいた。そのおかげで今は少ない収入でも無駄を省いて生活してます。資格もいっぱい取らされてて、妻が陣痛で苦しんでいる隣で生命保険募集人のテキストで勉強してましたから。今でも妻は恨んでいるようです。でも、産婦人科の控室利用を断られたけど、妻の状態がやばかったのでわたしが無理やり利用をお願いして、その結果、出産したんだから、わたしの努力も認めて欲しいなー。

妊娠の時期と出産の時期、それからしばらくの子育て時期の恨みは一生引きずられますから、男性諸君は注意されたし!

上のムスメ爆誕!子育て中心の生活へ。そして、うつ病

産まれましたねー、上のムスメ。難産で、酸素マスクが下りてきて、吸盤で引っこ抜かれて。肺から羊水を吸い出して、やっと産声。それからは、もちろんムスメ中心の生活。溺愛。ちょうど仕事が忙しくない時期で、毎日、帰宅後にランニングして首の座っていない上のムスメをお風呂に入れてました。妻もしばらくは子育て専念して、それから実家に預けて軽めの仕事で復活。そして、保育園に。保活、めっちゃ大変だった。

ここらへんまでは普通の生活ができていて、このころはJRグループの会社にいました。その会社に数年勤めたくらいから、親会社の担当管理職のパワーハラスメントが壮絶で5年くらい前の秋に体調を崩してしまいました…。価格が高いと怒鳴る、タダにしろと怒鳴る、密室に連れ込まれて罵詈雑言、公衆の前で怒声、成果物が完成してないのに金払わせろと商習慣を無視した要求、出禁にするぞ!という脅し、などなど。うつ病になってしまいました…。ここからは暗黒時代です。複数回の休職をするも、完全に精神疾患持ちの生活になりました…。

一向に改善しない「うつ病」暗黒時代…

復職しても、また体調崩して休職を複数回繰り返す羽目に。保育園から仲良くなったパパ友ママ友は、わたしが元気に働いている期間なんてまったく知らないんじゃないかなってくらい社会参加から遠ざかってました。そんな中、妻は流産を経験して、下のムスメが爆誕。

何度か休職して、結局、その会社は辞めました。給料激安だったので未練はございません。そのころ、主治医に勧められてリワーク施設へ。半年間、認知行動療法などをしっかりと学んで社会生活を営めるように訓練しました。障害者雇用という選択もあったのですが、リワーク施設の担当者の「まずは健常者で復活しましょう」というコトバを信じて社会復帰。今の会社にいます。休職期間中のもらえるはずのお給料の損失は年収×2年くらいで、最後は生活のための貯金切り崩しでマイナス150万円くらい。物欲がほとんど無かったし、もともと質素な生活でも十分だったので、なんとか最低限の金銭的ダメージで切り抜けました。(と言っても、まだ完治はしていない)

逃げるは恥だが役に立つ働き方へ

ここまでの経験や訓練で、野心も上昇志向も向上心も捨てて、まずは会社に毎日行って、最低限のことをこなしてお給料をもらう生き方へシフトチェンジ。給料が上がらなくても生きていけるようなライフプランで末永く社会参加していくのが最大のミッションです。

社会参加して働くって本当に大変だけど、とてもありがたいこと。お給料ってホントにうれしい。ボーナスとかもうミラクルで嬉しい。もちろん、まだ完治なんかしておらず定期通院中だし服薬もしています。体調不良の日は休んでしまうし。それでも、なんとか信頼を少しは得て仕事も任されてます。が、仕事を任されるのはストレスもついてくるので、責任は避けたい思考になっているので、正直、嬉しくない…。かつてなら喜んで成果だそうとしたけど、今は最低限のリソースで最低限のお給料でよいんです。

会社に行きたくない気持ちと闘いながらお給料のために出勤している日々です(笑)

お仕事は金融機関のシステム屋。システム運用畑で、今までの職務経歴からするとまあまあマッチした仕事かな。めっちゃ大変だけど。

妻とチビチビと赤ワインを楽しむ11周年!

「好きなもの買ってくるよ?」という妻の言葉に少し考えて、チビチビつまめるおつまみを希望。牡蠣の缶詰(オリーブオイル漬け)やコーンビーフ。

オリーブオイルやガーリックを想像していたら、炙り牡蠣…。渋いなー。

上のムスメは「きもい!」とのこと。

赤ワインと合いますよ。

 

つづいてはコンビーフ。

安定のコーンビーフ。これ、保存食としてもいいんですよ。数年持ちます。開け方を失敗して反対から食べる羽目に。

おほほ、美味しんですよ、このボソボソなコーンビーフ。

 

11年も一緒にいると、いろいろなことが起こるもので。まさか半分はうつ病で休職なんて、はじめは想像もしなかったろうに。それでも一緒にいてくれる家族って不思議です。一人旅や一人時間は好きだけど、それは家族と一緒にいるという土台があるから。妻やムスメには、贅沢もわがままも叶えてあげられませんが、わたしは平凡でも幸せですよ。感謝。感謝。結婚も子育ても良いもんですよ~。すぐに老けるけど…