「差別的な言動には断固抗議をします!宣言」~中国の人は嗤う日本人は滅びゆく運命な理由~

「差別的な言動には断固抗議をします!宣言」~中国の人は嗤う日本人は滅びゆく運命な理由~

いろいろな人種や出生地の人が多い東京下町に住んでいる みかん(@tangerine_buddy)です。純粋培養の日本人と話すと、単一民族単一言語(と勝手に思っていらっしゃる)でのんべんだらりと生きてきたオトナの発言に顔をしかめることが多々あります。おいおい、お前さんたちは何を学んできて、何を経験してきたんだよ、と。特に日本に多くの人が居住したり労働している中国の人たちへの偏見とも思える心無い発言とか、もはやそれは「差別」だぞ、と。わたしは断固、抗議します。

言語が違うことによる差別感情の生成

日本で働いている多くの中国の人は日本語を話せます。もちろん大半の人たちが流暢ではありませんが、それでも日常会話では十分なスキルです。それで異国の日本で働いているわけです。日本語学校のアルバイトさんや、日本の大学に留学していたビジネスマンや、日本のコミックやアニメが大好きで日本で働く人たちや。ありがたいことじゃないですか。

中国の人が多くなると、中国人同士では中国語を話すのは自然なことですよね。日本人だって、グループで海外に旅行にいったらグループ内では日本語話すでしょう。ごくごく当たり前の行動です。でも、いい大人が働いているビジネスシーン、つまり、パブリックな空間で多言語で会話されるのがイヤな人たちが結構いるんですよ。

「また中国語で話されるとうるさいよね」
「なんだか言葉がよく分からない連中ムリ」

こんな感じで敵意むき出しで同僚と会話しているんですよ。もちろん中国の人たちは弊社の正社員や、契約している下請けの社員だったりするわけですよ。要は仲間でありパートナーです。こんな会話をする人たちって、どんな教育を受けて、どんなことを学んできたんだろう…。トイレで化粧直ししているときや、やっすい居酒屋でボヤいていろよ、マジで。

パブリックスペースで差別的な言動を話すことがどれだけ民度の低い行為で、ともすれば差別やヘイトスピーチとも受け取られかねませんよ。そんな発言をする人たちが、組織の管理職だったり、結婚して子どもがいたりして、もう、日本ってヤベーなって心底思います…。多様性に背を向ける後進国じゃんよ。

異種を笑う根本的な思考と集団意識

上のムスメが小学校に入って少しした時期に、国際交流ということで、様々な外国の小学生が日本にきて数日一緒にグループワークをするというイベントがあったのですが、上のムスメはお友達と一緒に「たどたどしく日本語で挨拶する肌の黒い子たち」を笑っていたのです。わたしはその場にいませんでしたが、上のムスメが嬉々と報告してきたんですよ。

当然、パパ、一喝ですよ。

「肌の色や言葉が違うからってなぜ笑う?」
「何が面白い?」

上のムスメは特に自然な発想で異種な人をお友達と笑っただけなので他意はないのですが、根源的に異種を区別して仲間内の結束を固める思考が生まれもってあるんじゃないかなぁって改めて思いました。仲間の結束を固めるには共通の仮想敵を作るのが一番ラクですし。もちろん上のムスメには話しましたよ。

「うちらだって肌のいろ黄色じゃん。何か違う?」、「パパは外国の人と仕事しているから、むしろ外国の言葉を少し勉強しているよ」、「肌の色とか言葉が違うとかあるのが人間なんだよ」、「いろいろ外国のお話聞きたいよねー」、「外国の言葉で、外国で働くってすごいよね」って上のムスメには話しました。

雑多で猥雑で比較的に多様な東京下町の子どもでもこんな感じなので、村社会ド田舎や中流階級の上層部が住まうエリアとか、もっとひどいんだろうなって直感的に思いましたよ。日本、マジで周回遅れなんじゃないかな。

「差別は目の前の問題」であるという現実

話は戻って、仕事終わって家に帰ってわたしが会社での中国の人への排他的言動に辟易すると妻に話したら「差別はそれだけじゃないよね…」って達観的な感じで答えてくれました。確かに、生活をしていると差別的な言動は多々見受けられるものです。外国人への差別だけじゃありません。

・身体障害者への差別
・精神障害者への差別
・知的障害者への差別
・学歴差別
・出生地による差別
・収入や地縁による差別
・アトピーや痣などへの差別
・いじめ、村八分

などなど、多種多様な個性を持って産まれてきた人間がわんさかいる社会で、妄想でしかない「大多数の普通」という観念から少しでも異なる人たちへの差別意識は普通に見かけます。妻はさらに「マウンティングするの好きな人多いよね…」「そんな親の子どもはいじめっこになるんだろうね」と話してました。確かに。

どこも人材不足とか声高に叫んでいるし、少子高齢化は急激に進んで制度が追い付かないし、周辺国では軍事的衝突のリスクが高まるし、そんな課題山積なこのご時世に日本人ってまったく成熟せずに、ほんと幸せだよ日本人って思います。(もちろん皮肉、嫌みです)多様性は力だし創造的だという認識は無いのかい。大東亜共栄圏って大風呂敷広げてアジア人の列強入りを目指していた1世紀前の日本人のほうがよっぽど先見の明があったんじゃないかっておもっちゃいますよ。

日本人だって差別の対象になっている

もちろん、日本人だって差別の対象でしたし、今でも差別を受けます。チェコのレストランではウェイターはがあからさまに嫌な顔してぞんざいにメニュー聞いてきたし、オーストリアのレストランでは窓側でなく奥の席に通されたし、なんとなく、あ、わたしたち日本人(アジアの有色人種)だからかなぁって思う出来事もありました。

一昔前は「ジャップ」「イエローモンキー」「イエローピープル」「バナナ(皮は黄色く中身は白人猿真似)」などと言われて嘲笑の対象でしたし。そんな歴史を知らないのかな、自ら差別的言動を行う日本人は。「ワーカーホリック」や「エコノミックアニマル」なんて揶揄されていた時代もありました。これらを知って学べば、多少は差別は減っていくと思います。無知や無勉強って社会の害悪でしかないですよ。

書籍での勉強がイヤなら「ズートピア」でも観て勉強しなさい。

 

自分と異なった人に興味をもって学ぼう、気づこう

わたしは、中国の人たちと仕事出来てラッキーって思ってます。ニューズや書籍では入ってこない中国の情勢が分かるし、何を考えているのか分かるし、そもそも自分の知らないことを知ることが出来る機会ってそうそうないと思うんですよね。一言の中国語を使ってみて仲良くなったり、言語の壁はコミュニケーションの壁じゃねーからな!って日本人を一喝して信頼関係を築いたりするプロセスはとても良い勉強になります。

もちろん、人種や言語に関係なく、同じ日本人でも障害を持った人たちとコミュニケーションする機会は学びになりますし、当の本人のわたしが精神疾患持ちなので、いろいろ世界が広がりますし、多様性は力だし創造力だと感じます。

あとは個人的には日本国が没落したときに、しばらくは安泰であろう中華人民共和国へのパイプを複数持っておいて有事には中国でシステム屋の仕事でもしていこうっていうリスクマネジメントな視点ももっていますが(笑)あ、あとは、そもそも極東の資源も何にもないサルが住まう島国が、世界と伍して渡り合っていることを考えれば、異種への差別をしようなんて思いませんよね。

 

まとめると、排他的になるな、同族だけで保守的になるな、違いは多様性、差別は絶対ダメ、というところかな。何かあれば近くの隣人(隣国)に頼りましょうよ。では、悶々としたイライラを解消するためのブログ記事でしたー。