「アサーション権」で心をラクに!基本的人権と同様のアサーション権を理解して行使しよう

高らかにアサーション権を有していることを宣言する みかん(@tangerine_buddy)です。基本的人権と同様にアサーション権というものがあります。欧米では結構基本的な考えなのですが、日本ではあまり馴染みのない権利です。自己よりも社会的評価を優先したり周囲の空気、文脈を読んで優先する日本社会では教えられることも少ないようです。

わたしは、ここにアサーション権を有して生きていくことを宣言します!これは基本的人権と同様であります。また他者もアサーション権を有していることを認識して行動します。

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基本的「アサーション権」について

1.誰でも、人間として産まれながらに与えられている権利がある。
すなわち「アサーション権」がある。

2.誰でも、1人になりたい時は1人で過ごしてよい。
付き合いを誘われたり、一緒に何かをすることを要求されても、もし1人で過ごしたいときには、そうすることができる。

3.誰でも、独立し、自分の人生を送ってよい。
自分の人生を送る上で、1人で独自性を保って生活したい時、それを選ぶことができる。

4.誰でも、人より優れていたり、物事をなす上で成功してよい。
この権利は成功を保証するものではないが、外の人が同じようにできないからといって、自分の成功をあきらめる必要はない。欲しいものは掴んでよい。

5.誰でも、罪悪感や利己的な感情を持たずに、依頼を断ってよい。
「ノー」と言うことは利己的でも間違っていることでもないので「ノー」と言いたいときは言ってよい。ただし、相手から「ノー」と言われる可能性もある。

6.誰でも、欲しいものを要求してよい。
これは上述の5.の権利の逆のものであるが、要求に対しては「イエス」または「ノー」の返事のいずれかが返ってくることを覚悟すべきであり、相手の「イエス」とか「ノー」を言う権利を尊重すべきである。また、過去の依頼に引き受けたことがあるからという理由で、頼みを引き受けてもらえると期待しないこと。

7.誰でも、過ちをし、そのことの責任を持ってよい。
人間は完璧でない。これは「人間である権利」とも言われ、過ちをしたら、その結果を引き受けること(権利)ができるのも人間である。

8.誰でも、自己主張しない権利もある。
時間やエネルギーに値しない状況や危険性が高い時には、この選択をしてよい。アサーティブにその決心をすること。

9.誰でも、まじめに聴き、受け止めて欲しいことを要求してよい。
自分の意見を言いたい時、自分の見解を大切にしてもらいたい時は、耳を傾けて欲しいと言ってよい。しかし、自分の長話や押しつけによって、この権利が得られないこともある。

10.誰でも、支払った分に見合うだけのものを得てよい。
例えば、医者に尋ねたいとこがあれば尋ねてよいし、支払いに見合うだけのサービスや、商品の傷などは是正を要求することができる。

アサーション権とはとても広い概念

今回はわたしが教わったアサーション権について高らかに宣言したものですが、実は、アサーション権は百以上もあるようです。基本的人権を解釈すると、そのくらい幅が広がってくるのでしょうね。今回ご紹介したものは比較的軽めな権利です。

義務教育の道徳で愛国教育も良いですが、基本的人権やアサーション権についても広く教えても良いではと感じます。しっかり教えておかないと「抑圧」 or 「自己本位」の二極化になってしまいそうで…。知らず知らずのうちに「抑圧」で苦しんでいる人、多いのでは。

戦後は頑張ればモノやカネが増えていきました。基本的人権の一部を放棄して、モノやカネを選んだケースもあるでしょう。今は違います。成熟した社会の中で、各人が基本的人権やアサーション権を理解して行使するフェーズだと思います。

もちろん、自分本位に拡大解釈してはソッポ向かれるし、相手(他者)にも基本的人権やアサーション権があることも学ぶ必要があります。ここも成熟した社会では必要ですね。

ビジネス現場でもアサーション権は徐々に知られるようになってきたようですよ。参考情報はこちら↓です。(少し古め…)

アサーション権って?(GENKIPOLITAN)

まずはわたし達やその上の世代の中高年から基本的人権やアサーション権を再び学ぶ必要があると思いますが…。ということで、まずは、アサーション権で自分を守ろうっと。

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